- 2018/06/17 Sun
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祖母の葬儀で一路金沢。享年90歳。
半年前に祖父が亡くなってからはずっと「早くお爺さんのところに行きたい」と繰り返していたとのこと。遂に祖父の元に。
華道の先生をしていた関係で、たくさんのお弟子さんがいらしてくれました。
「教える時はとても厳しい先生だった。でも普段はとても優しかった」なんて話を聞いて、自分の記憶に残っている祖母はとても穏やかな人で厳しい面なんて想像もつかないなぁと。
祖母が所有していた花器などはすべてお弟子さんたちにお譲りすることに。
処分してしまうより使っていただけた方が祖母も喜んでくれるでしょうと。
通夜後の食事。
祖父母の代の親戚が話す昔話はいつもスケールがでかい。
年寄りの昔話だからねといつも話半分以下で聞いていて、今回聞いたのも祖父の兄が大学に入学したときのお祝いが家が2~3軒建てられるくらいの価格のドイツ製カメラだったとか単位からして意味不明だったのだけど、そんな家から金がなくなるくだりの話がついに。
- 農地改革により小作収入が失われた。
- 曽祖父は村長の職に就いたが、給料は一切受け取らず全て役場の慶弔費に充てていた。
- 当然収入はゼロ。数十年に渡り蔵にあるものや屋敷自体を切り売りしていき、最終的にほとんどのものが失われた。
給料を受け取らずに役場のために使用していたってとこだけ聞くといい人っぽいんだけど、「今まで小作料で生活していたのに役場の給料なんぞ受け取れるか!」というよくわからないプライドからくるものだったらしいあたりが最高にアレで自分の曽祖父だなと。